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あいこの ブログ

ほんとうのしあわせを求めてDrあいこの旅は続きます

マラソンにおける倫理学的所感

おまつり気分でハッピー

先日、あいこせんせ、皇居一周を成し遂げたわけですが、その際には、実に、倫理/哲学的な意味合いがあったことを忘れてはいけません。と、徒然なるままに書いていますが、もう少しお付き合いくださいね。

 あいこせんせ、東京駅から、徒歩10分くらいのトホホなホテルに泊まっていたので、りっパパパなパレスホテルなどのようにすぐに皇居までたどり着けたわけではありません。

 まずは、金曜日 しっかりと学会出席。夜は、翌日の皇居一周に備えて、ぐいっと一杯。夜の11時には寝ました。

 翌日、朝5時には目覚ましをかけましたが起きれず、6時に目覚め(普段の日課が6時起きなので、体が6時になれているようです)、今一つ体の調子は上がりませんでしたが、着替えて出発。

 少し、走ってみますが、前日の学会疲れ(移動その他で、歩数は18000歩でした)もあるのか、足が重たくて、コリャ大丈夫なのか?

 仕方なく、準備体操として、皇居方面へ歩いていきます。すると、横をゆっくりとしたペースで走る先輩皇居ランナーが登場。でも、すんごいゆっくりだなぁ。こんなペースなら、歩くのと変わんないんじゃないか。と思いながら、でも、5分くらいの間に、結構離されてしまうわけです。

 あいこせんせ、ここで気づきました。はためから、どんなにゆっくりに見えていたとしても、実際に走り続けている人と歩いている人では差がついてしまう。歩いている人は、その走りがゆっくりだとバカにしてしまうが、そう思っている間に両者の間にはうめられない距離ができてしまう。

(人生も同じですね。努力している人とそれを無駄だと横で笑っている人は、ほんの数ヶ月で、自分の人生への取り組みで大きな差ができてしまうわけです)

 続いて、いよいよ、皇居について、走り始めます。美奈さんが、反時計回りで走っていたので、あいこせんせもそちら方向へ。(実際、看板にもランナーは、基本反時計回りだそうです。時々、反対の人がいましたが、反対ですよ)

 走り始めると、足が重い。ゆっくりゆっくりシカ走れません。心肺機能的には大丈夫そうなので、走っていきますが、実に、抜かれてしまいます。それにしても、いろいろな人が走っています。前方では、中年男性ランナーが走り始めにコケテイテ、コケティッシュではなかったのですが、その後、普通には知っていました。大丈夫なのかしらんと思っていましたが、その人にもとても追いつかず、逆にどんどん話されていくわけです。

 結局、一周の間には、たった一人しか抜きませんでしたが、終盤4㎞くらいのときに、前方のランナーがゆっくりだったので抜きましたが、その際です。コースを少し変えようとしたときにバランスを崩しました。幸い少しよろける程度でしたが、疲労がある中で、ほんのわずかな変化に人は耐えられないことを知りました。

(人は、自分で大丈夫と思っていても、実は、少し限界に近づいていて、ほんのわずかな変化でも、バランスを崩し、大きな痛手を負うことがあるわけです。)

 皇居の周りには、時々、基点からの距離が表記してあります。そして、ついに5㎞と思いましたが、出発点が違うので、あいこせんせ、まだ一周は先です。

 人それぞれに、出発点が異なれば、ゴール地点は違うのです。同じようには知っていると思っていても、美奈さんの目標はあいこせんせの目標とは違うのですから、オリンピックと違いあいこせんせは、自分の目標を見据えていくことが重要と知りました。

 いよいよ、あいこせんせのゴールです。およそ40分。まだまだ、心肺機能的にはいけそうな気がするので、皿にエアマラソンに磨きをかけていきましょう。

 よく、人生をマラソンに例える人がいますが、その気持ちがとてもよくわかったあいこせんせでした。

 

 

 ここまで読んでくれてありがとうございます。

羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 合掌